今回は自作の定番ケンタウルスについて解説していきます。
ケンタウルスはチューブスクリーマーが元になったという話を聞きますが、本当に着想を得たというレベルで、ほぼ完全にオリジナルと言っていいです。
言い方は悪いですがエフェクターはパクリか既存の回路を定数変更しただけと、新しい回路は出てきていないのが現状です。
オーバードライブに関して言えば私の記憶が正しければBOSSのODシリーズがオーバードライブの回路の原点でしょう。確かチューブスクリーマーが出たのはその後なので、チューブスクリーマーよりBOSSのODが評価されていればOD-1系なんて呼ばれていたかもしれませんね。
そんな中まったく新しい回路として生まれたケンタウルスは革命的でした。しかも下手に回路が新しくて複雑なだけでなく音も良いという、設計者であるビル・フィネガン氏は紛う事なき才人でしょう。
そして後ほどちらっと紹介しますが、エフェクターに対する姿勢は素晴らしく、エフェクターメーカーは勿論のこと我々自作erも大いに学ぶべき点だと思います。
前置きが長くなってしまいましたが、早速解説していきます。
回路図
評判もさることながら価格も伝説的なケンタウルスですが、自作なら5000円ぐらいで作れてしまうのではないでしょうか。
聞いた話だとモールド剤は剥がされず、測定機器で測定して割り出した数値らしいですが、どうなんでしょうね。
いくつか違うバージョンの回路図が出ているみたいですが、今回は比較的信憑性の高そうな、こちらを解説していきます。
オーバードライブの中では複雑な部類の回路ですが、部分的に分けてしまえばどうということはないです。
今回は分かりやすくなるよう簡単に書いていきます。
- 入力部
ケンタの入力バッファだけの回路とかで出回っていたりするので、ご存じの方も多いと思います。
ローインピーダンスにすることで信号を強くする手法は、一流メーカーを筆頭に微弱信号について理解のあるメーカーなら必ず採用しています。
BOSSやアイバニーズなんかもそうですが、下手にトゥルーバイパスにはしません。もっと言えばバッファに加えて電子式スイッチという徹底ぶりです。
そもそもバッファというのは百個重ねたところで人の聴覚では聞き分けられないレベルで、トゥルーバイパスの機械式スイッチの接点による劣化の方がとんでもなく悪影響です。スイッチに関してはまた別記事でまとめます。
ところでTL072の歪み率は0.003%と、もう数桁上ではないと人の聴覚では聴き分け不可能です。比喩抜きで100個重ねてやっと分かるぐらいです。一方トゥルーバイパスによる劣化は、PCで測定すれば一発で分かるレベルですからね。
それで、カップリングコンデンサでフィルター回路が形成されていますが、0.1μと大きいのでギターの帯域は全て通します。
極は1.6Hzなので、ベースの帯域まで余裕で通してしまいます。もう少し容量が小さくても良いぐらいですね。
このバッファで音が変わると仰る方は、物理の限界を超えた聴覚の持ち主です。
エフェクトOFF時はバッファ回路の後、こちらのフィルター回路を通りますが、ギターの帯域は全て通します。
しかし電解コンデンサよりはフィルムコンデンサの方が良いでしょう。当時は単に大容量フィルムコンデンサが高価で手に入り辛いことから止むを得ず電解コンデンサを使っていましたが、現代では安価に高性能なパーツが手に入るので積極的に使っていくべきですね。
容量はもう少し落として大丈夫です。
・増幅部
複雑そうですがやっていることはオペアンプの非反転増幅回路で増幅した信号をD2、D3でクリッピングして原音の低域と高域をミックスしているだけです。
低域のミックスに関してはギターの出音に関する部分が大きいんですが、私なら低域のミックスをギターに合わせて変えられるよう可変抵抗にしますね。だからギターによっては、ケンタは合わないみたいな話があるんだと思います。
クリッピングダイオードの入り方はオーバードライブというよりディストーションみたいな入り方ですね。
大抵のオーバードライブはオペアンプの帰還(R12のところ)にクリッピングダイオードが入っています。
ちなみにTS系の感覚でもっと歪ませようと増幅率を弄るのはアウトです。技術力の乏しい製作所がよくやる手法ですが、ケンタウルスに至ってはなぜR12に422kという値が使用されているのか、回路の知識がなくともそれだけ緻密な設計がされているということが分かります。
基本的に歪み具合を変えたいなら、ゲインを弄るのではなくクリッピングダイオードを変更しましょう。
DODみたいに極端に増幅率を上げると、ゲインが上がることで歪みますが、それだけノイズも目立ちますし、そもそもケンタウルスに使われている1N34Aだとゲインが高すぎて壊れます。
他にもオペアンプはTL072よりは高性能なものは出ているので乗せ換えた方が良かったりしますが、ケンタウルスの改造については長くなってしまうので別記事でまとめます。
★ミックス回路
ここはゲインの可変抵抗と連動する二連ボリュームポットになっています。原音と歪み音がブレンドされているのは自作について情報収集している方ならご存じだと思いますが、このポットで原音と歪み音の比率を調整しつつ、増幅率も調整しながらフィルター回路にもなっているという…
ここを分けるのは結構有名な改造じゃないでしょうか。
ゲインとミックスを同じ方向にすれば二連と同じですし、音作りに幅が出るので良いと思います。
ただやはり、極端にずらしてしまうと破綻してしまうので程々にですかね。
- ミキサー回路
ここの名前は迷いました…
先ほど解説した歪み音と原音の低域、P1Aで比率調整された音がミックスされオペアンプに入ります。
中音域のみ歪ませて、高域と低域は歪ませると汚い歪になってしまうから、後から原音をミックスする、というような仕組みになっています。
中音域を歪ませると言えば、確かにTSですよね。
そして、ここがケンタの超重要ポイントです。
ケンタが昇圧されているのは有名だと思いますが、昇圧された電圧が給電されているのはU2のオペアンプのみ、つまり入力バッファと増幅段のオペアンプには9Vしか給電されていません。
まだトーン回路が残っていますがここで電源回路と絡めて解説していきます。
- 電源部
実機はMAX1044というチャージポンプICが使われていますが、変更されているのは入手性と価格の都合かもしれませんね。
それでなんのこっちゃという感じですが、+Vが9V、+Vbが4.5V、+V2が18V、-Vが-9Vです。(本当は+V2が16.2Vで-Vは8.6Vですが、ふんわり理解してもらえれば大丈夫です)
ここで回路図の全体像を見て頂ければ分かりますが、オペアンプから出ている矢印の先に+Vとか書いてありますよね。つまりはそういうことで、
電圧が使い分けられています。
なんでやねんという話ですが、ここの電圧だけ上げたらいい感じになるんじゃないか?とかそんなあやふやな理由ではありません。
手あたり次第18Vに昇圧する方を、知り合い含め結構見かけますが、エフェクターによっては無意味ですし、使用パーツによっては壊れるので18V対応と書かれていないエフェクターは昇圧しないのが無難です。
いやいや、電圧上げたらいい音になるから、という方にも本当にそうなのか原理的に解説しますのでその上で試されるとより理解が深まるのではないかと思います。
まず電圧を上げるとどうなるのか、という話ですが、電圧を上げると歪まなくなります。
知る人ぞ知るかもしれないエディ氏の逸話ですが、アンプの電圧を上げていると言われていたのが実は下げていたそうですね(;^ω^)そりゃよく歪むはずです。というかアンプビルダーの方だったり回路の知識がある程度ある人は、当時既に感づいていたのでは?とすら思います。
それで、なんで電圧を上げると歪まなくなるのかって話ですが、ヘッドルームという言葉を聞いたことはないでしょうか。
このエフェクターはヘッドルームの広い音がする…という感覚的な話ではなく、電圧を上げることで音の振幅出来る幅が広がるので、オペアンプによって波形がクリッピングされるまでの上限が上がってしまうので、大振幅を与えても歪まなくなるのです。
大抵オペアンプによる歪は大抵汚い歪みだったり、意図しない歪なので設計が狂うんですよね。
ちなみに普通の歪みエフェクターの場合4.5Vという振幅の中心(バイアス)を与えて+9Vから0V(実際にはオペアンプの性能によって狭まる)の間で振幅させています。
ケンタウルスの場合歪み回路の部分では上記のように9Vを給電して、4.5Vを基準に歪ませています。ダイオードで振幅が制限されるので、昇圧は不要という考え方ですね。
しかしその後のオペアンプでは歪み回路で増幅された信号と、原音の高域と低域をミックスした信号を扱うので、振幅が大きくなることが想定されます。だから+18Vから-9Vという広いヘッドルームを作っているんですね。
理にかなった回路だと思います。
長くなりましたが残りのトーン回路と出力回路を軽く解説して終わります(;^ω^)
トーン回路、出力部
分けても長くなるだけなのでまとめます。
トーン回路はオペアンプの7番ピンまでで、出力回路はC15からです。
400Hzまでは通過させ、それ以上はブーストしますがツマミのセッティングでカットするという仕組みです。
出力部はお決まりのカップリングコンデンサから始まります。
C15はカップリングコンデンサと言って、コンデンサは交流は通すけど直流は通さない(正確にはちょっと違いますがそういう認識で大丈夫です)性質があって、ここでは交流であるギターの音は通すけど直流は通さないという働きをしています。
その後可変抵抗で音量を調整して出力という流れです。
まとめ
Kindly remember : the ridiculous hype that offends so many is not of my making.
ケンタウルスの後継機、KTRに書いてある一文です。あの当時で定価239ドル、最終的に329ドルまで上がったそうですが、あの当時にしてみれば相当高値ですよね。
しかも世界で8000台で音も良い、プロもこぞって使うとなれば、それは骨董価値もついてしまうのも分かります。しかしフィネガン氏としては値段を高額にしたマーケティング戦略のようになってしまったのが心外だったのかもしれませんね。
そしてフィネガン氏はこうも言っています。
“If any new product I come out with will be ripped off immediately after its release, and if unscrupulous people will again be making money off of my work, and if on top of that Klon’s reputation and my own personal reputation will be at risk every time someone decides to put out his own version of one of my designs, then where is my incentive to release anything new at all? Over the past few years, I’ve talked with a number of other pedal designers about this stuff—good people who design their own circuits, and whose circuits have also been ripped off—and we all agree there is now an enormous disincentive for any of us to create and release new products.” – Bill Finnegan, Premier Guitar interview –
要約すると、新製品(新しい回路のエフェクター)を出しても販売直後に他のメーカーに回路を解析され商用利用されてはやっていられない、という内容です。
回路には著作権が無いので仕方のない部分ではありますが、メーカーなどの大量生産出来るところにされてしまっては確かにやっていられないですよね。
自作を楽しむ私たちが市場に影響を与えることはないとは言え、やはり真似をしている時はせめて以上設計者の方に敬意を持って製作するべきではないでしょうか。という話で占めようと思います。
いかがでしたでしょうか。
回路が分からなくても理解できるよう書くつもりでしたが、電源部の話少し難しかったかもしれません(;^ω^)
電源については別記事でも解説しているので、スマホの方はサイドバーからPCの方は右のカテゴリからご覧下さい。
最後まで読んでくださってありがとうございました(^▽^)/
コメント
はじめまして!質問失礼いたします。
1.TL072と交換すべきオペアンプはなんでしょうか?そのオペアンプは他のTL072を使ったエフェクターにおいても有効ですか?
2.ベースミックスの改造は、R7を可変抵抗にするという理解でよろしいですか?
もし今後ケンタウルス改造の記事を出されるご予定があれば、それを楽しみに待ちたいと思います。
1.回路図で使用されているTL072CPは、未だにエフェクター専門のパーツショップでは扱われているICです。秋月電子などではセカンドソース品のNJM072Dを扱っていますが、ノイズ的な面でも高性能化が図られています。FET入力の同系統オペアンプを探せばもっと高性能なものがあるかもしれません。しかしながら扱える帯域も広いため、増幅率の高いエフェクターやパターン設計次第では発振に至るので全てのエフェクターで有効と一概には言えません。
2.R7はC16とでミックスする帯域を定めています。これを弄るとケンタウルスの本来の設計思想から乖離していしまいますが、試行錯誤できる点です。ミックスする低域の音量を上げるだけならR19を可変抵抗にすることも有力です。
ケンタウルスの改造やブラッシュアップについては、いつか改めて解説記事を出したいと考えています。
ご回答ありがとうございます。
別の記事の話になってしまいますが、高校物理から基礎的な知識を取り扱うかもしれないとのことで、ちょうど現在そのあたりから勉強しようと思っていた文系の自分にとって嬉しいニュースです。
気長にお待ちしております。
コメント失礼します。質問させて頂いてもよろしいでしょうか。
・バイパス時にR13の後ろがGNDに落ちるようになっているのは何か意味があるのでしょうか。(オン時にLEDに繋がるところです。)
予想なのですが、トゥルーバイパスにする時のスイッチ配線で、オフ時にエフェクト入力がGNDに落ちるようにするのと似たようなことなのでしょうか。
・もしそうだとすると、GNDに落とすのはここが最適なのでしょうか。素人目にはもっと前から落としても良いのかなと思うのですが…わかりません
よろしくお願い致します!
トゥルーバイパスで入力をGNDに落とすのは入力が浮いてしまわないようにするため、ケンタウルスの場合は出力をGNDに落とすことで電位を0Vにし、U1Bで増幅した中音域がR27を通して漏れ出ないようにという違いがあります。
ケンタウルスはバッファードバイパスです。アウト側のみで切り替えるので、そのためにはバイパス経路より信号経路が十分高インピーダンスである必要があります。
例えばU1Bの前をGNDに落としてしまうと十分高インピーダンスとは言えませんし、Gainポットを上側に振り切るとU1Bの入力には+Vbがかかった状態となり不都合が起きます。
故にD2,D3で落としてしまうのが適切と言えます。
ご回答ありがとうございます!
そういった意図があるのですね。確かにR27で常に繋がっているので、増幅したらいくらか漏れてきそうですもんね…
仰る通りU1Bの手前だと直接+Vbと繋がってしまってそちらまでGNDに落ちてしまいますね。気づきませんでした。
その後は直接繋がるところはなさそうなので、R3からP3までのどこかでGND に落とせば良いという感じなのでしょうか。
わかりやすい解説感謝致します。
ありがとうございます!
度々ご回答ありがとうございます。
大変勉強になりました!
ご回答ありがとうございます。完全に浮かないためノイズが抑えられるといった感じなんでしょうか。
この抵抗を68kとしているのは何か理由があるのでしょうか。
切り替え時に流れる信号が十分減衰される値を採用しています。
ご教示いただきたくコメント失礼いたします。
①ケンタウルスは回路の終わりでON・OFFを切り替えているようなのですが、OFFの場合でもON側に信号が流れて損失となったりはしないのでしょうか。
ON側OFF側もGNDと繋がっているので、常にどちらの方向にも信号が流れていきそうだなと思ったのですが、実際はそうではないのでしょうか。
②。OUT周辺を見ると、ON・OFFのどちら側からも68kの抵抗を介して常にOUTと繋がり、100kの抵抗がGNDに落ちているように見えますが、この部分はどのようにはたらくのでしょうか。スイッチ切り替えの際にポップノイズが鳴らないようにするものなのでしょうか。
ご教示いただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。
①確かにオペアンプ側に流れる信号は存在しますがほんのわずかです。
入力バッファによってローインピーダンスになっており、カップリングコンデンサのリアクタンスのみで考えられます。
一方オペアンプ自体の入力インピーダンスは極めて高いので、結果としてスルー側にはほぼ全ての信号が流れてゆきます。
これを音質劣化と呼べなくもないですが、人の耳では判別不可能です。
②68kの抵抗はスイッチ切り替え時の浮きによるノイズを抑えるためのものです。
100kΩがあるので不要に見えますが、こういった所がケンタウルスの丁寧なところです。