今回は結構難しいので中級者向けです。
回路図
良さげな回路図があったのでこれにします。
まずJFETバイパススイッチと書いてある部分は今回は省きます。これを個人で作るのはなかなか難易度が高く、あまり現実的ではありません。
この回路図が紹介されているサイトでは3PDTスイッチを使ったトゥルーバイパスだと費用が上がってしまうため電子式スイッチにしていると書いてありますが、全く以て逆です。この回路を実現するには素子の選別が必要ですからね。
ちなみにこれはBOSSにも使われている回路で、ON/OFFの切り替え時に徐々に切り替えることによってエフェクトとバイパス音を緩やかに切り替えるという優れものです。しかも接点が存在しないので音の劣化に対する優秀さはトゥルーバイパスと比べるまでもありません。
という回路なので、実はBOSSってかなり凄いんです。というかエフェクター業界だと世界トップを行くメーカーですからね。
マルチバイブレータの一種なので興味のある方はフリップフロップ回路などと検索してみると良いかもしれません。
入力部
C1はこの回路にどれぐらいの音を通すか決めるコンデンサです。増やすと低域が増えます。0.02μなので比較的小さな値ですね。大抵は0.047μ付近です。
話は逸れますが、実はTS808はもともとアンプだったという話を聞いたような気がします。それを真空管アンプに繋いだらいい音だったとか何とかで、エフェクターにしてみたという…
うろ覚えなので定かではありませんが。
それで、真空管アンプにTS808がなぜ刺さったか。当時の映像を見れば分かりますが、プロギタリスト達は専ら大型スタックアンプで演奏していました。すると大型スタックアンプではキャビネットが大型故にモコモコしたローが出すぎてしまうわけです。
そこでTS808はハイとローをごっそりカットしてミッドをブーストするというような回路で、それが刺さった理由です。それを考えると高価な大型スタックアンプを持っている割合が少ないはずのアマチュアにまで広まった理由は些か不可解ですよね。
まあ現代でもよくあることですが、プロが使っているからきっと良い音だろうというのもあると思います。しかしながら、それでもTS808のギターの美味しい帯域であるミッドをブーストする歪みエフェクターは革新的だったのかもしれません。
その類で行くと、やはりケンタウルスもトレブル、ミッドをブーストするエフェクターで根本的なコンセプトはTS808と同じと言えます。正しくニーズを捉えられる技術者こそヒットする商品を作れるという事ですよね。
この辺で切り上げます。
上記を踏まえると、C1はチューブスクリーマーとしてかなり重要な要素なのであまり弄るべきではないと言えます。
もちろん全く別のエフェクターとして仕上げるなら変えてしまうのもありです。現にTS系と謳っておきながらC1の値が結構大きなエフェクターも多いですからね。
Q1はよくあるエミッタフォロワのバッファなので特に解説することは無いですかね。
歪み回路
これがオーバードライブの大半を占めるThe TS系の歪み回路ですね。
C4は発振防止用なのでセラミックにしましょう。
D1,D2なんですが、なぜか1N4148や914が使えることになっていますよね。誰が言い始めたのか知りませんが、MA150とは全く別の性能です。
クローン含め殆ど1N4148が使われている印象ですが、TS808に似ている別のエフェクターになってしまいます。クローン品を買ったのに歪みの質がなんか似ていないな、という事ならそれが原因です。電子工作マニアのギタリストからクローン品を買うと、そういった物を掴まされるのは困ったものですね。
R6は最小ゲインを決める抵抗です。
P1+R6/R4≒117という事でだいたい120倍ぐらいですね。非常にローゲインですが実際にはダイオードでクリッピングされるので出力は小さくなります。ただでさえローゲインなのでクリッピングされた波形は非常にソフトなクリッピングとなるでしょう。
C3はR6とフィルター回路を形成しています。720.484≒720Hzぐらが極ですね。これ以下の周波数は歪みにくくなっています。
トーン回路
なかなか複雑な回路ですよね。少々難解ですがなるべく分かりやすく書いてみようと思います。
まずここで行っている事はミッドブーストです。よくあるパッシブの単純なRCフィルタ回路ではありません。
R7は突入電流の保護と同時にC5とフィルタ回路を形成し、その極は723Hzでこれ以上の周波数は減衰させられオペアンプに送られます。
この回路はご覧の通り負帰還回路で、4558のデータシートから分かる通り6番ピンと5番ピンの電圧の差は7番ピンの信号より100dB低い値です。
つまり5番ピンと6番ピンは同電位と見なせ、ギターの帯域ではP2を左に完全に振り切るとP2は無いものと近似でき、C6とR8のフィルタ回路はオペアンプの5番ピンと繋がっているのと同義と見なせます。
操作感がなんだか合わないなという方はBカーブも使えるのでこちらの方が操作感が合う場合もあります。
出力部
トーン回路から送り出された信号はP3で出力を調節されアウト側のバッファに入ります。
オレンジの枠で囲んであるのは電子式スイッチ回路の一部なので無視してください。
Q3のバッファを通った後、インピーダンスを決めるRCやらカップリングコンデンサを通って出力されます。
余談ですが、C9なんかを見ても電解コンデンサが多めな印象です。単純に高性能化出来るのでトーン回路のタンタルコンデンサだったりもフィルムコンデンサにしてしまってください。
カップリングコンデンサは1μあれば十分です。
ファズフェイスなど、古いエフェクターを使いがちの方はC9はタンタルコンデンサにしましょう。
電源部
最後は電源部です。
かなり貧弱な電源回路ですね。他のエフェクターのように電解コンデンサだけでなくフィルタ回路を設けましょう。
耐圧も心もとなく、50V程度の耐圧なら手に入りやすいものです。
R33とR32は分圧回路で、抵抗の中間から9Vの半分である4.5Vを作っています。
4.5Vは信号部にバイアスとしてかけられ、9Vはオペアンプやバッファに使われるトランジスタの電源となっています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
オーバードライブの大半を占めるTS系の元祖が、結構複雑なトーン回路を持っているのは意外だったという方もいらっしゃるかもしれませんね。
それだけ考えられた回路で、さらに多くの方から評価されているのはとても理想的なエフェクターだと思います。
コメント
確かに緩やかに切り替える回路はBOSSの相当なこだわりを感じますね。
ただ、バッファに関していえば教科書に乗っているような負帰還も何もないエミッタフォロワを汎用小信号トランジスタで組んだ1石アンプのようなので
正直、トゥルーバイバスに圧倒的な差を見出せるようには思えません。
少なくともスイッチが新品のトゥルーバイパス回路よりは
汎用トランジスタの雑音やトランジスタ全般に存在する非直線性により明らかに音が変化する事でしょう。それがプリアンプのような心地よい味付けになるかもしれませんが、余計な味付けをしたく無い場合は微妙と言わざるを得ません。
ご覧いただきありがとうございます。
仰るように、マルチバイプレータ回路とFETスイッチを組み合わせた切り替え回路を、BOSSの開発した初代コンパクトエフェクターから採用している点は、素晴らしい技術力です。
さて、「バッファードバイパスに比べ、トゥルーバイバスに圧倒的な差を見出せるようには思えない」とのこと。
バッファードバイパスという名称から、バッファが大きな役割を果たしているように感じられたのでしょうか。
バッファードバイパスのメリットとは、”接点数を減らせること”です。
高い見識をお持ちの方と拝察しますので、ギター信号をメカニカルスイッチで切り替えた時の、接点部の酸化、硫化層による非直線性の酷さはご存知かと思います。トゥルーバイパスは入力側でも切り替えるため、劣化は顕著となり、それに起因するトラブルも多発します。
また、スイッチの回路数が増える毎に故障率が上がっていくことは、広く知られています。トゥルーバイパスに採用される3PDTスイッチは、回路数の多さから故障率が高く、昔からギタリストの悩みの種でした。
バッファードバイパスならば、2回路スイッチに収まり、ギター信号はバッファ回路やエフェクト回路を通った出力側のみで切り替えられるため、接点部に起因する劣化はトゥルーバイパスより格段に勝ります。
スルーに切り替えたとき、ライブ会場でシールドを引き回してもハイ落ちを引き起こさないことも、大きなメリットです。
ブティック系ブランドの宣伝文句では、「トゥルーバイパスを採用しているため、余分に回路を経由するバッファードバイパスより劣化しない」などと、もっともらしい理由をつけて善良な消費者を欺いている例が散見されます。
回路への細やかな気配りと正しい知識があれば、市販品より優秀なものを作れるのは自作の魅力と言えます。
トランジスタ一石のバッファによる歪みは、アンプやエフェクト回路で加わる歪みに比べれば、ほんの僅かです。ブラインドテストをして聞き分けられるギタリストがいるのか、疑問です。
しかし、味付けとして扱われている一面があることには同意できます。
なるべく歪みを与えないバッファ回路は、BOSSの一部上位機種などでも考案されていますが、自作派には手間となり難しいものです。
エフェクト回路以外での低歪を確保するために、ハイインピーダンス入力でも問題にならないオペアンプを採用したり、一石のバッファでも、定電流回路と組み合わせることで低歪を確保する回路を考案することは可能です。
3PDT版を検討していた気づいたのですが、引用した回路図のでLevelのポットがアースに落ちているのは間違いではありませんか?これは4.5V(4v5)のラインに落とさないと正しく動作しないように思います。
ただし、FETスイッチを使わずバイパス回路をアース電位を基準にするように作るか、このポットはアースに落とすのが正解になると思うので、こちらの記事で扱っている範囲ではアースに落として問題ないと思います。
なお、3PDTと書いてしまいましたが、トゥルーバイパスにせずオリジナルのように常に入出力バッファを通るようにするするのであれば、2PDTで十分でした。
JFETスイッチを使わないなら、GNDに落とすのが正しい配線です。ただし、冒頭で触れているようにJFETによるスイッチ回路周辺は扱わないこと、配線やユニバーサル基板での自作は別記事で紹介しているため触れていませんでした。
TS-808の記事を探していてこちらの記事に行き当たりました。日本語での詳しい解説、ありがとうございます。
古い記事へのコメントで恐縮ですが、回路図の引用元の記事に対する誤解があるかと思うので、コメントさせていただきます。
「3PDTスイッチを使ったトゥルーバイパスだと費用が上がってしまうため電子式スイッチにしていると書いてありますが、全く以て逆です」と書かれていますが、元記事には「3PDTスイッチはパーツ自体が高いだけでなく、配線を手作業で行う必要があるため製造コストが高くなる」ということが書かれていて、パーツ代だけでなく製造コストを下げるためにJFETスイッチを採用したということが元記事の趣旨だと思います。
TS-808のマルチバイブレーター回路には抵抗とコンデンサを一体化した特別な部品が使われているようなのですが、一般的に製造工程で手作業をなくなすことはコスト低減のための重要な課題なので、これを作ってでも3TDPへの配線作業をなくなすことは価値があったようです。
基板へのパーツの取り付けやはんだ付けを自動で行えるメーカーと違って、個人で作るときには、このJFETスイッチを手作業で組むことはよりも3PDTへの配線作業の方がはるかに簡単なので、トゥルーバイパスではなく「つなぐだけで音が良くなる」と言われたTS-808の回路を3PDTスイッチを使って作ろうと思っています。
この回路図を紹介されている方は、確か多くの場合では電子式やバッファードスイッチより音質劣化の激しい、トゥルーバイパス信者だったと記憶しています。
ケンタウルスの解説記事であったか、もしかすると別記事からの引用だったかもしれません。
しかしながら、トゥルーバイパスよりも電子式スイッチの方が高コストである、という意見は一貫して主張したいと思います。
この回路自体、微小信号切替に持ちいるには素子のマッチングなど、とても大変な手間がかけられています。回路図通りに作っても良好な動作になるとは限らないものです。一見すると単純なマルチバイブレータ回路に見えますが、JFETの動作機序も含めるとご理解いただくには難解です。
また、基板の組み込みや配線は手作業ですから、仮にメカニカルのフットスイッチを採用してもそこまでのコスト上昇には繋がらないという想像は容易です。
電子式スイッチのためのパルス発生スイッチや、その機構なども含めると、何倍も高コストになるということです。
メカニカルスイッチでバッファードバイパスにする方法は、手軽かつトゥルーバイパスよりも音質への配慮があり、自作向きと言えます。
しかしながら微小信号であることには変わりないため、内部の接点まで貴金属接点を持つフットスイッチを採用しましょう。
ぜひ自作を楽しまれてください。
こんばんは。いつも新約聖書を読むかのように、大切に読ませていただいております。
ここ最近、電子工学関連の理論書を読んで勉強しまくっており、ある程度この世界の考え方が理解できてきて、記事のほとんど全ての言ってる意味がわかるようになりました。
理論数学屋さんの私にとって、あらゆる物理学は理解がとても難しいものだったのですが、電気電子はほんと楽しいですね。最高です。
もう少し勉強を進めていくのに、面白そうなので半導体の物性とかやろうかなと思ったりしています。
という単なる言いたいこと言うだけのコメントでした。恐縮です。