【回路解説】TSV-808の自作

TSV-808

前回、TSV-808の自作で必要なパーツについてまとめました。

引き続いて、今回はTSV-808の回路について解説します。TS-808など、BOSS並の設計水準で製造しているIbanezとVemuramの共同開発エフェクターとのことですが、その回路はいかほどか、見ていこうと思います。

回路図

まずは全体の回路図です。入手先はpedalpcbという、自作エフェクターについて多くの回路を公開しているサイトです。オペアンプもTSV-808に乗っていた型番と一致、クリッピング変更スイッチの構成などからも、信憑性は高そうだと言えます。

https://docs.pedalpcb.com/project/Danae-PedalPCB.pdf

一瞥したところ、左側のオペアンプ周辺回路はJan rayの回路、右側のオペアンプの回路はTS-808のトーン回路を固定にしたような回路(周波数特性は別)になっています。

Ibanezとの共同開発とのことで期待していましたが、どうやらIbanezの設計者は関わっていないことが見て取れます。マーケティングや売上の配分の打ち合わせのみで、設計はVemuramに丸投げしたようですね。

また、早々に販売も終了してしまいましたし、パクリとして多く取り上げられてしまったVemuramさんとのコラボは避けた方が良いだとか、設計水準的な面でも、Ibanezの社名を背負わせることにリスクが生じてしまったのでしょう。

入力部

バッファードバイパスやFETスイッチよりギター信号の劣化が生じる一方、配線が簡単かつ低コストになるため、ブティック系メーカーではトゥルーバイパスが採用されがちです。

TSV-808はトゥルーバイパスであるため、入力側と出力側の両方で信号が通る経路を切り替えています。R1はフットスイッチで切り替えた時のポップノイズを軽減するための抵抗です。

C1はカップリングコンデンサで、オペアンプにバイアスを掛けるR6とでフィルタ回路を形成しています。カットオフは11Hz程度であるため、ギター信号は全て通過させています。

しかし、27nFというわざわざ手に入りにくい容量のコンデンサを採用しているのは不思議です。

手に入りやすい0.022μFでも、なんの不足もありません。

C3は高周波のノイズ源からの影響を抑えるものですが、金属ケースに入れているにも関わらず回路のなかほどに付けていては意味がありません。Jan rayの時にも書いた記憶がありますが、回路図では一番左側に配置しましょう。

R3は異常な電圧からオペアンプを守るための役割を持っています。

増幅回路

D1~D4はクリッピングダイオードです。1N4148という、小信号用の汎用ダイオードです。TS-808では別のダイオードが使われているため、歪みの質感などはJan Rayに似ている傾向になっているようです。

ダイオードの間に付いているスイッチは、1本のみと、2本直列をそれぞれ切り替えられるようになっています。対称、非対称クリップと、歪み始める閾値を変更できるような、操作しがいのあるスイッチです。

C5は発振しないように、回路の安定化を図るためのコンデンサです。

この回路図を作成した方は、書き方からして電子工作好きというようなレベルと拝察します。TSV-808の部品配置からこのように書いてしまったのか、なるべくオペアンプの近くに配したい部品なので、回路図ではダイオードより上に配置したいものです。

積層セラミックでも構いませんが、手に入るならフィルムコンデンサを使うと良いでしょう。

R7とDRIVEの可変抵抗は、増幅率を決める抵抗です。

左側にSATのトリマーや、R4,R5などがありますが、そちらも増幅率を決める要因となるため、絶ティング次第でかなり増幅率が変わる回路です。

(R7+DRIVE)/(SAT+R2+R4)

で増幅率は近似して求めることができます。

BASSの構成もJan rayと変わりませんね。可変抵抗とコンデンサの位置が逆になっているだけ、と見ると分かるはずです。

R5は固定になっているため、Jan rayと操作感は同じですが、動作点は違って感じられるような回路です。

トーン回路①

左側のオペアンプで増幅した信号は、TREBと書かれた可変抵抗とR8,C6からなるローパスフィルタを通過するような回路になっています。

直列に入っているため、音量にもかなり影響を及ぼすトーンつまみです。

Jan rayではC6が47nFでしたが、倍近くの82nFとなっているようです。トレブルつまみを回した時の変化量は、TSV-808の方が大きくなっています。

トーン回路②

TS-808では、右側のオペアンプの入力前にバイアスを掛ける抵抗が付けられていました。しかし、TSV-808ではJan rayのように排除され、R10,R12はVREF(電源回路の分圧抵抗の間)に接続されています。

トーン回路の構成自体は、TS-808のトーン回路を固定にしたような回路です。サービスノートとして公開されているTS-808の回路図と同じような部品配置で回路図を書いてみると理解出来ます。

つまりアクティブなトーン回路で、信号は4倍程度の増幅になっています。

困った回路になってしまっていますね。Jan rayの元となっているTimmyはほとんど増幅しないことで成り立つような絶妙なバランスの回路だったんですが、TS-808とJan rayを組み合わせたら、それはもういいところ取りの付加価値倍増なエフェクターになるのではないかという破天荒なアイディアを製品にしてしまったようです。

特にVREFに接続してしまっているのは、安定させたいはずの中間電圧を揺さぶってしまうため致命的。

このあたりは有料解説記事のほうで詳しく解説してしまっている都合上、そちらをご覧いただくしかないかと思います。

複数の要因が絡まった問題であるため、ここには書ききれません。

部品点数が少ないため、出力回路もまとめておきます。

C9はカップリングコンデンサ、R14は異常な電圧からの保護用なんですが、ボリューム最大時のセッティングを想定すると不十分。1kΩ程度としてください。

Volで音量調節をして、出力となっています。

人の聴覚にはAカーブが合うため、Bは使いにくいでしょう。変更をおすすめします。

電源回路

D100は電源コネクタの極性を間違えてしまった時の保護用ダイオードです。

R100とC100は電源ノイズを減衰するための、ノイズフィルタです。しかし、バッファを増設してバッファードバイパスにしたい、といった時に不十分となる場合がある定数です。

100Ωとい47μFのカットオフは33Hz。100μFに増やせば満足な減衰となるのに、なぜケチってしまうのか、ブティックならば贅沢な定数にしてほしいなと思います。

C101はパスコンというもので、電源の安定化を図るものです。オペアンプ近傍に配置しましょう。

R101,R102は分圧回路です。信号が振幅するための中心を作り出す電圧であるため、多くの場合は9Vの半分である4.5V程度を作るようになっているんですが、TSV-808はJan ray同様にVREFをずらしています。

C102はノイズ除去用です。

あとがき

採用されているオペアンプはかなり性能が良いオペアンプであるため、Jan rayのようにバッファなしでも、ある程度の低雑音は確保されています。(バッファありの条件下では並の性能)Jan rayでは低雑音を意識してオペアンプをTimmyから変更したために悪い影響を及ぼしていますが、そのあたりはTSV-808では偶然良い結果となっています。

OPA2134自体、相当おかしな使い方をしなければ、かなり幅広い回路で動作できるんですけれどね。

しかしTSV-808では入力インピーダンスが不十分であったり、おかしなトーン回路に起因する不安定さなど、良い設計とは言えません

OPA2134もほとんど手に入りづらい状況になっているため、オペアンプはNJM4580系か、OPA2134のようにJFETの味を意識するならTL072Dなどとし、バッファードバイパスにしたいことも加味すると、入出力にトランジスタやFETなどでバッファを増設すると良いでしょう。

その場合、電圧降下を抑えるような工夫もしておきたいものです。

問題のトーン回路は、TS-808のようにバイアスを掛け直すだとか、VREFではなくGNDに接続するだとか、そういった対処をすると良いかと思います。

総じて素人設計であるため、共同開発と宣伝しているのに設計はVemuram単独で行ったとわ分かります。Ibanezは文字通りネームバリューで、ブランド名を貸した事による対価を取引しただけでしょう。

後ろめたさから販売終了してしまったことも理解出来ます。

もともとIbanezはMaxonにOEM生産として契約しており、実際の設計製作はMaxonが行っていました。現在Ibanezに残っているのは、当時のMaxonの技術力が詰まった回路図と量産体勢のみではないでしょうか。

でなければハンドワイヤードのTS808をブティックエフェクター商法で販売したりしませんからね。

Maxonの技術力とTS-808の完成度の高さを確認できる良い機会となりました。

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